インタビュー

社会的な人流データの活用から、自助・共助・公助の最適なバランスを目指す

富士登山の人流解析から始まった社会課題への挑戦

INTRODUCTION

地震や津波、豪雨や水害、火山の噴火など、近年、私たちは自然災害の恐ろしさを目の当たりにしてきました。今後、その勢いは増していくのではないかという推測も出ています。もし、災害が起こった時に、どうすれば被害を最小限に抑えられるのか。さまざまな答えがありますが、そのひとつとして挙げられるのは、人の動きを把握した上での対策を立案することです。
日本工営では、防災部の専門部長の田中義朗が、2015年から社内の研究開発を出発点とし、2018年に社外プロジェクトとして『一般社団法人・富士山チャレンジプラットフォーム』を設立。官学民の垣根を超えて、長期的な視点から人流データの研究を進めています。

PROFILE

日本工営株式会社・国土保全事業部/防災部/専門部長(一般社団法人 富士山チャレンジプラットフォーム・代表理事)
田中 義朗(たなか よしろう)

1993年入社。防災部に配属後、計測センター、静岡営業所、名古屋支店技術部、静岡事務所を経て2015年防災部専門部長に就任。これまで中部地方を中心に全国の地すべり、土石流災害現場での土砂災害調査、計測システム計画・設置業務を担当し、最近では熊本地震災害や九州北部豪雨災害などさまざまなプロジェクトに従事。2018年より、一般社団法人 富士山チャレンジプラットフォームを設立し、代表理事に就任。

※部署名および役職・インタビュー内容は取材当時のものです

STORY

本当に必要な人流データとは何か。シンプル・イズ・ベストが、答えだった。

−−−富士山チャレンジプラットフォーム設立のきっかけは、2014年(平成26年)9月27日の御嶽山の噴火災害。当時、日本工営の静岡事務所に在籍していた田中は、同様の噴火が富士山で起こると、未曾有の被害になると考え、行動を起こしました。
最近では、人流データのデータ獲得の手段としては、スマートフォンの基地局やGPS、Wi-Fi情報を用いる方法があります。富士山チャレンジプラットフォームは、別の角度からアプローチを行い、ビーコンを利用したシステムを採用しました。なぜ、このような方式になったのか、技術開発の経緯を聞きました。

田中:確かにスマートフォンは、GPSやWi-Fiを用いるため、かなり高精細に人流データを獲得できます。しかし、本当に高精細なデータが、公共視点での安全対策立案に必要なのかを考えました。
個人情報の取り扱いは非常に難しいものです。だからこそ、高度なセキュリティ対策をしなければなりません。アプリを作ったとしても、登山者にインストールしてもらうことは至難の業です。そもそも、スマートフォンを持っている高齢者や子どもは少ないでしょう。また、山ではWi-Fi環境が十分ではなく、木々の下や山小屋の中などでは、GPSを検知できません。高精細なデータは容量が大きく、通信回線やサーバーの負担も懸念されます。
これらの問題点を一気に解消できる方法はないか吟味したところ、GPSやWi-Fiではなく、もっとシンプルな方法がベストだという結論に至りました。協力をしていただく登山者の方々にIDを付与したビーコンを持ってもらうだけ。あらかじめ登山道の要所に設置していたセンサーの近隣を通過する時に「IN」と「OUT」の信号を送る仕組みです。
簡単な仕組みのように思われるかもしれませんが、これだけでも、富士山や那須岳で、地域の行政担当者や登山のプロも知らなかった人流が見えてきました。具体的な例では、那須岳で30パターン程度と思われていた登山者の行動が、実は100パターン以上あったケースもあります。これらのデータは、協力自治体とも共有し、今、あらたに安全対策が進められています。
参加者にはビーコンを渡すだけで、センサーは数も場所も思い通りにカスタマイズできるというメリットから、現在では津波の避難訓練や、工事車両が発生させる騒音・振動の対策でも実証実験を進めています。軽く、早く、安く、人流データを獲得・解析するシステムを、日々、アップデートさせています。

「地域に安全を」という目標を、あらゆる方々と共有するため一般社団法人にした。

−−−一般社団法人・富士山チャレンジプラットフォームは、その名の通り、一般社団法人の社格で活動しています。その理由は、なぜでしょうか。また、このプロジェクトに携わるやりがいや原動力は一体、どこにあるのでしょうか。

田中:人流が可視化される技術なので、一人の技術者としても楽しく取り組んでいます。しかし、それよりも私の心をわくわくさせることが、このプロジェクトにはいくつも存在しています。
通常、企業でのプロジェクトは、年度単位と部署単位で目標を達成しなければなりません。これは、日本工営だけではなく、どの企業にも当てはまることだと思います。つまり、「将来的には人や社会のためになる長期的な取り組み」を行いにくい環境になります。
また、どこかの会社が先頭に立つと、どうしても発注者と受注者の関係になってしまいますし、自治体の方々、地域の方々、学術分野の方々も参入しにくくなります。これでは、未来や社会のための長期プロジェクトは実行できません。
これらの課題を解決できるのが、一般社団法人という体制でした。「公的な視点での人流データシステムを開発し、より安全な未来をつくる」という目標さえ合致すれば、官学民の誰もが参加できます。地域を愛する住民の方でもOKです。実際に、富士山チャレンジプラットフォームには、さまざまな自治体や大学、民間企業、地域住民の方々が輪になって、チームとしてプロジェクトを推進してきました。そのような間柄ですから、意見交換ひとつにしても、中身が濃いものとなっています。
もし、このプロジェクトを自社内だけで推進していたら、こんなにもたくさんの方々との関係性は生まれなかったはずです。さまざまな方と立場を超えてつながり、より良い未来を目指せることは、私の大きなモチベーションになっています。

社会的な人流データの活用から、「誰も取り残さない」安全対策を目指していく。

−−−より高い完成度を目指して、次々と実証実験を積み重ねている富士山チャレンジプラットフォーム。この経験を積み重ねていった先には、いったいどのような未来が待っているのでしょうか。目指している未来について聞きました。

田中:現在、人流の把握には、かなりの企業が参入し、さまざまな成果を挙げています。中には、スマートフォンのGPSやWi-Fiだけでなく、AIカメラを使用する技術も方々で見かけるようになりました。これらのデータの多くは、マーケティングの世界で使用され、新製品の開発や売上アップに大きく貢献しています。そのような時代の流れの中で、私たちが目指しているのは、社会的なデータを活用するという視点。たとえば、マーケティングでは「多くの人の行動」に対して、最適なアプローチを目指します。しかし、私たちは「困っている少数の人たちに助かってもらうこと」も大切なミッションのひとつ。今まで効果的な対策ができていなかった領域を、データの活用から発見し、ピンポイントの対策を打つための黒子として動いています。
また、その際に獲得して解析したデータをオープンにすることで、市民の方々が自らで安全対策を取ることができます。さまざまな災害が起こるたびに、「公助には限界があるので、自助をしなければならない」となりますが、そこに一石を投じたい。自助の判断に必要な公的なデータがあれば、動ける人も増えるはずです。また、情報化社会が進んでいくほど、さまざまな情報が溢れかえりますが、そこに軸となる公的なデータを存在させたい。公助と自助には強化の道筋が見えますが、その間の共助を生み出すひとつの要素になれたらと考えています。富士山チャレンジプラットフォームの活動が、自助、共助、公助のバランスの適正化の一助になれば幸いです。

富士山チャレンジプラットフォームの活動は、「日々の業務のようなリアクションではなく、アクションだった」と話す田中。これまで、日本工営は専門技術者による技術力を用いて課題解決を行ってきました。しかし、これからの時代に求められるのは、その技術を横断して結びつけること。「社会の課題を解決するコンサルティング」への挑戦はすでに始まっています。