プロジェクト挑戦記下水機能の維持と災害復旧の障害をなくす「フロートレス工法」

(「CSRレポート2011」より)

日本工営 中央研究所 所長 技術士=総合技術管理部門(建設)、建設部門(土質および基礎、トンネル)田中 弘
日本工営 中央研究所 所長
技術士=総合技術管理部門(建設)、建設部門(土質および基礎、トンネル)
田中 弘

大きな地震によって発生する液状化現象。これにより地中のマンホールが地上に浮き出てくる副次的な災害が発生しています。この問題に対して、マンホールに消散弁という特殊な弁を設けて浮上を抑える「フロートレス工法」が編み出されました。日本工営中央研究所は、工法の要となる消散弁の設置個数・深度と浮上量の関係式を導き出し、本工法の実用化に貢献しました。

地震時に発生する水圧の上昇で浮き上がるのならば、
水圧をマンホール内に取り込み、逃がしてやればいい

――開発に関わられた「フロートレス工法」とは、どのような技術ですか?

液状化現象によって地上に突き出したマンホールは下水機能を破壊するだけでなく、救急車や作業車両などの交通の障害となり、復旧を妨げる
液状化現象によって地上に突き出したマンホールは下水機能を破壊するだけでなく、救急車や作業車両などの交通の障害となり、復旧を妨げる

「フロートレス工法」について具体的にお話をする前に、液状化によるマンホールの浮上現象についてご説明しましょう。
マンホールは、地下に敷設された下水道や電力・通信用ケーブルなどの管路に入るために設けられた縦型の出入り口で、日本語では「人孔(じんこう)」といいます。そのマンホールが、地震による液状化現象で浮上してしまい、地上に突き出ている写真を新聞などでご覧になったことがあるのではないでしょうか。マンホールの浮上現象は、下水道を寸断して流下機能を損なうばかりでなく、緊急車両の通行を阻害するなど被災地の救援活動にも大きな影響を与えます。
2004年10月に発生した新潟県中越地震では、3,473カ所のマンホールが被害を受けましたが、そのうち42%にあたる1,453カ所がマンホール浮上でした。
液状化によるマンホールの浮上現象は、水を大量に含んだ砂地盤で発生します。地震の強い揺れが続くと、地中の砂粒子が揺れ動いて水の中に浮き、泥水のようになった土砂がマンホールを押し上げます。角砂糖ほどの大きさで水の重さはふつう1グラムですが、液状化した泥水ではその倍の約2グラムにもなり、上昇した泥水圧でマンホールが押し上げられるのです。

――とするならば、液状化によるマンホールの浮上を防ぐには、地震時に発生するマンホールにかかる水圧をコントロールできればよいのですね?

消散弁を設置したマンホール
消散弁を設置したマンホール

そうです。そこに「フロートレス工法」の技術的な核心があります。「フロートレス工法」は、すでに埋設されているマンホールの壁に穴を開けて消散弁を設置します。この弁は、砂粒子の流入を防ぐために外側にメッシュ状の網があり、内側には受圧板という仕切り板があります。地震の揺れに伴って生じる水圧の上昇が一定以上になると、受圧板が外れ、マンホールの内側に地下水を導き、マンホールにかかる水圧を消散させます。つまり、液状化の原因となる地下水を下水管に取り込んで流してしまい、それによって液状化を軽減してマンホールの浮上を抑制するのです。マンホールが浮上しないので工法名は「フロートレス」としました。
「フロートレス工法」は、既設のマンホールのメンテナンス作業のときに設置できるという意味で大きなメリットがあります。すなわち、マンホールの内部から専用マシーンで簡単に施工できることです。マンホールの外側での掘削作業などは必要がないので、工事費用も安くすみ、工事の時間も短くてすみます。2つ目の特長は、どのようなタイプのマンホールにも適用できることです。タイプ別に最適な穴開けの位置、数などを編み出しました。さらに消散弁は、マンホールの壁に埋め込まれていますので、下水道の機能保持や維持管理にも支障がありません。

日本工営の優れた地盤構造シミュレーション技術が工法実現の要に

――「フロートレス工法」は、日本工営が独自に開発した技術ですか?

いいえ、3社の共同開発です。東京都の下水道の維持管理を担っている東京都下水道サービス(株)、下水道などの管路の製造メーカーである日本ヒューム(株)、そして当社です。
研究は2004年頃から始まり、2008年まで行いました。マンホールの壁に穴を開けて地震時に発生する水圧を消散させるというアイデアは、東京都下水道サービス(株)と日本ヒューム(株)からもたらされました。両社は、消散弁を実際に施工する機具類や、施工方法も開発しています。
当社が担当したのは、消散弁の配置(個数と深度)と浮上量の関係式の構築です。つまり、消散弁をどれくらいの数だけ、マンホールのどの深さに設置すれば浮上が抑えられるのかをシミュレーションするのです。当然ながらマンホールのある場所の地質、マンホールのタイプの違いなど、さまざまな条件を想定しなければなりません。
共同開発者として当社にお声をかけていただいたのには、いくつか理由があります。そもそも当社はその社歴から見て、ダムづくりも含めた水力発電関係の分野に強く、多くの知見を持っています。安全と安心を実現するダムの耐震設計などは、得意とするものです。それは別の見方をすれば、地盤の問題に強いということであり、地震とはまさに地盤から起きるのですから、そこで起きることのシミュレーションも当然得意としています。
さらに、数々のインフラづくりのアイデアが本当に実現可能かどうか、また期待どおりの機能を発揮できるかどうかのシミュレーションを行い、それに保証を与えることで優れた品質確保の一助とするのがコンサルタント会社としての当社の重要な取組み姿勢です。そうした事業姿勢に基づく、これまでの実績を高く評価してくれたのだと思います。

――しかし、実際に地震を起こして確かめることはできません。どのようにシミュレーションを行ったのですか?

遠心力載荷装置
遠心力載荷装置

開発を始めるにあたってはまず、浮上現象が発生しても復旧支援の車両が通れるくらいの浮上に抑えようという工法開発の着地点を決めました。その上で、遠心力載荷装置と呼ばれる特殊な回転装置を使って実験的に液状化を発生させ、マンホールにかかる水圧や浮上量を測定します。現物のマンホールは、内径が90センチメートルから2.5メートル、高さが3~5メートルありますが、そのミニチュアモデルを土砂の入った箱の中に埋め込み、実験装置ごと遠心力載荷装置で高速回転させます。10センチメートル程度の大きさのものを回転させて100Gの遠心力をかけると、地下10メートルで起きていることと同じ現象が起きます。つまり、模型でありながら実際の現象を再現できるのです。
実験とコンピュータ数値解析シミュレーションを繰り返し、私たちはマンホールが浮上する条件と、浮上する量を算出できる公式を導き出しました。それに基づき、マンホールに設置できる消散弁の設置個数や深度が導き出されます。例えば、内径が150センチメートルのマンホールの場合、浮上防止のために同一円周上に設置する消散弁の最大必要個数は6 個であると判明しました。実際の施工現場のために、マンホールの材質や大きさ、地質などから設置個数や設置位置がひと目でわかる表もつくりました。

東日本大震災では自信を持てる結果
安全・安心のための重要工法として確認

――「フロートレス工法」の、実際の効果は確認されているのですか?

東京都下水道局では、すでにフロートレス対策地区を決め、順次、消散弁の設置工事を行っています。その対策地区の中で、2011 年3月11日の東日本大震災によって液状化が発生したのは江東区新木場の一部の地域でした。緊急調査として40カ所のマンホールが調べられましたが、消散弁が開いていたマンホールは10カ所あり、いずれも交通に支障をきたすような浮上は起こしていませんでした。十分なサンプル数ではありませんが、私たちのシミュレーション品質の高さを自負してよい結果であると考えています。
日本工営の持つ優れた地盤構造のシミュレーション技術が、身近なところで私たちの安全と安心を守っています。社会的に意義のある工法の開発に参画できたのは、まさに技術者冥利に尽きるものでした。

他の挑戦記を見る

  1. 日本工営 ホーム
  2. プロジェクト挑戦記
  3. 下水機能の維持と災害復旧の障害をなくす「フロートレス工法」