日本工営株式会社 | NIPPON KOUEI Challenging mind, Changing dynamics

ホーム > Challenging Diary > 取締役社長 廣瀬 典昭
![]() 新設した中央研究所執務室にて 私が30歳半ばのころ(1980年頃)から日本でもコンピュータ利用技術が急速に発展し、単なる計算手段から通信や情報処理に用途が広がり、我々の専門技術や仕事のやり方にも大きな影響を与えるようになってきました。
私は、それまで海外部門に所属し、水資源関係のプロジェクト要員としてほとんど海外暮らしでしたが、ちょうど40歳のころ現場の作業を通じてコンピュータの高度利用の必要性を強く感じていた時、小松君(現情報基盤センター長)やそのほかの若い人から、当時AI(人工知能)といっていたコンピュータの高度利用研究をやるべしという相談を受け、これを会社に提案するはめになってしまいました。その結果、情報システム開発室という新しい組織を作ってもらい3億円ほどの研究開発費をつけてもらいました。1988年、私の43歳のときのことです。世の中のブームでもあったのですがよくそれだけの投資をしてくれたものだと今でも感謝しています。 その後、この研究グループは1992年に開設された中央研究所の研究開発グループの中核となり、現在のコンサルタント国内事業本部の統合情報技術部やインフラマネジメント部へと発展してきました。私は、この情報システム開発室を契機に翌年から新しい中央研究所の開設準備に参加し、研究所開設後は開発研究部長として全社の研究開発に関わるようになり、コンサルタント部門だけでなく電力部門の人脈も築くことができました。また、研究開発を担当しながら、海外プロジェクトに参加する一方で国内コンサルタントの業務も担当し、さらには土木学会など学会活動、協会活動など様々な経験を積むことができました。 |
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![]() 日本工営中央研究所(茨城県つくば市) 43歳の転機では、自分のやっている技術内容に対して不満(よく言えば向上心)に思っていたことを何とかしようという気持ちに押されての行動でしたが、その先を深く考えていたわけではなく、結果として海外プロジェクトのプロマネ(注)という当初の夢とは別の人生へ方向を変えてしまうことになりました。
Leap before Look! 見る前に跳べ、というのも時には必要です。
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2010年4月1日 |
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