Challenging Diary

ホーム > Challenging Diary > 技師長 塚原 俊一

災害の現場が伝えること 技師長 塚原 俊一

《実施地域》長崎県、兵庫県、新潟県
《プロジェクト概要》
1982年 長崎大水害での初動踏査と対策計画
1995年 阪神・淡路大震災での初動踏査と対策計画
2004年 新潟県中越地震での初動踏査と対策計画 ほか
防災分野の業務のひとつは、地震や集中豪雨などによって引き起こされた広域にわたる大規模災害のうち、地すべり、急傾斜地崩壊、土石流など土砂災害の被害実態把握のため、災害発生直後の被災地に赴き現地踏査を行うことが多い。 大規模災害でコンサルタントが初動段階で被災地において取り組むのは、国や自治体による被害状況の記者発表資料や災害復旧予算要求に欠かせない復旧工事の工法策定や概略工事費の算出ならびに今後の対策工設計のための詳細調査計画の立案などを目的としており、そのため復旧対策の基礎資料作りのための調査が中心となる。また単発の災害では踏査と同時にボーリング調査や調査過程で得られた現象メカニズムの分析、対策工の設計、二次災害の発生予測、さらに避難勧告を発する立場にある自治体への助言などもその職務に含まれる。また初動踏査は災害発生直後から数週間にわたって実施されるため、現地滞在期間中は常に危険と隣り合わせとなる。

中越地震での初期踏査状況の様子
「中越地震での初期踏査状況の様子」
※本内容の取材は2011 年2 月に行われたものです。

いま私が携わっている業務のうち災害復旧に関するコンサルタント業務は、日本工営の国内部門のなかでもとくに歴史の古い部門で、いつ何時どこで土砂災害が起こっても、全国の各支店や本社から迅速に人材を派遣する体制が整えられています。

そのためひとたび災害調査の要請を受けると、早くて当日、遅くても数日後には被災地入りします。私自身も、82年の長崎大水害や95年の阪神・淡路大震災、04年の新潟県中越地震など、数々の大規模災害をはじめ、各地で発生した災害を目の当たりにしてきました。大規模災害の場合、目を覆いたくなるような惨状に足を踏み入れるわけですが、災害の規模が小さくても気を抜くことはできません。

東北のある住宅地のそばで中規模な地滑りが発生したときのこと。地すべり末端部に3階建ての市営住宅がありました。確認するため詳しく調査すると土台となる基礎に亀裂がはしり、建物自体も傾斜している兆候が認められます。地すべりが活発化すれば倒壊が懸念される状態だったので、応急対策を指示するとともに、住民へ避難勧告を出すよう自治体の職員に進言し、約130人の住民を避難させることができたのですが、当初は「すぐに避難場所の確保ができない」などと言われたものです。しかし「はいそうですか」と引き下がるわけにはいきません。何しろ人命がかかっているわけですから。コンサルタントの仕事は、調査報告をまとめるだけではないのです。


中越地震での中山間地被災状況
「中越地震での中山間地被災状況」
「救命救急医」にも似たコンサルタントの職務
かつて先輩に「われわれの仕事を医者にたとえると"救命救急医"のようなものだ」と言われたことがあります。確かに目の前で血を流している人を前に、のんびりと検査をしてから診断を下すという時間的猶予はわれわれにもありません。

安全な場所から現場をのぞき込むだけでは現象のメカニズムを理解することはできないため、ときには1日以上かけて傾斜地を這いずりまわり、鎌とハンマーを片手に深い藪をかきわけながら、やっとの思いで見つけた亀裂を手がかりに判断を下すこともあります。初動踏査での見逃しや判断ミスは二次災害による被害拡大を招くだけでなく、過大設計による無駄な対策につながりかねません。しかも与えられた時間は限られている。救急救命医の仕事に似ているというのは、いま思い返してみても言い得て妙だと思いますね。

体力的にも精神的にもキツイ仕事なのは確かです。しかし最近は大規模災害の場合、後方支援の目的で社内の事務系社員も現地に派遣されるようになり、かつてのように、踏査の傍ら自分で宿泊や食事の手配をしなければならないということもなくなりましたし、コンピュータの利用も進んでいるので、より一層仕事に集中できる時代になってきています。しかし仕事が早くなった分、逆に戒めなければならないと感じることも増えてきました。


兵庫県南部地震での現地踏査
「兵庫県南部地震での現地踏査」
「現場力」のあるコンサルタントを育てたい
ある日、現場から若い社員が帰ってきました。図面を見せて貰うと確かに図面はできていますが、何かがおかしい気がしてなりません。こればかりは言葉にするのは難しいのですが、きれいに整ったその図面から、現場の臨場感が伝わってこないのです。日を改めてその若い社員を伴って現場に戻ると、見逃している事実がいくつも見つかる。そんなことがありました。

いまは、便利で高性能なコンピュータや解析ソフトがあるので、どうしてもそれだけに頼ってしまい、現場をおろそかにしがちになっているのではないか。われわれが仕事を全うしようと思ったら、現場から作業服に泥一つつけずに戻ってくることはできないはず。それなのに往々にしてそういうことが起こっている。

ですから、これから私がやらねばならないと思っているのは、災害復旧に関わるコンサルタントとして、あるべき姿を若い世代に伝えることではないかと思っています。

それを一言で言えば「現場力」のあるコンサルタントを育てるということです。「迷ったら現場に戻れ」「誰よりも多くの場数を踏め」などと口やかましく言い過ぎると若い社員にうるさく思われるかもしれませんが、自ら率先して現場へ行き、若手技術者にノウハウを伝承することが大切であり、日本工営が培ってきた災害復旧技術の歴史を絶やさないためにも、それはやらなければならないことだと感じています。
2011年5月27日

サイトマップEnglishRSS配信