Challenging Diary

ホーム > Challenging Diary > 技師長 片山 陽夫

小さな村の大きな一歩・・・村落電化計画 技師長 片山 陽夫

《実施地域》インドネシア共和国
《工期》2年9ヵ月(設計・監督)
《プロジェクト概要》
インドネシア共和国・アチェ州地方電化計画
1996年、日本の無償資金協力プロジェクトの一環として、インドネシア共和国スマトラ島の北西部に位置するアチェ州ルルブ地区に小水力発電による村落電化計画が企画された。日本工営は、当時電化されていなかった同地区内の4村落、約700世帯を電化するため、ルルブ村の北東約2kmを流れるルルブ川に取水施設と延長約1.2kmにおよぶ導水路と水圧管路を建設して流水を発電所に導き、250kW規模の電化計画を立案。発電・配電施設の基本設計・詳細設計や施工管理を担当。発電施設と電化事業の運営は村民自らが行う協同組合方式による。そのため計画および設計には日常運転やメンテナンスの容易さが特に求められた。竣工は1999年3月。設計開始から竣工まで約21ヵ月という短期間で完成にこぎつける。

「沈砂池に入る前に余剰水を川に排出」
「沈砂池に入る前に余剰水を川に排出」
入社して37年。以来、パプアニューギニアやネパール、ミャンマー、スリランカ、カンボジアなどの国々で、水力発電事業の調査・計画づくりを担当することが多かったのですが、今回は90年代後半に携わった、ある小さな水力発電所の話をしたいと思います。

場所はインドネシア共和国アチェ州の山岳地帯にあるルルブ地区。ひとつ山を越えた村にはディーゼル発電施設があり夜間の電化が実現されていたのですが、さらに山奥にあるこの地区へは1年前までは道路がなくまた集落が広い地域に散在するため、電化とは無縁の生活を営んでいました。村人は手製の簡易ケロシンランプで明かりをとり、食料は自給自足という山深い農村地帯です。

1996年7月、私はこの地域にある4つの村に点在する約700世帯を電化するという、日本からの無償資金プロジェクトのため、最初の現地調査に赴くことになりました。

最寄りのメダン市から現場に一番近いルルブ村まではジープで行くほか手段はありません。通訳兼ガイドを伴い朝の早い時間に出発したものの、いつしか夜になり真暗な山中の道路を走りすれ違う車もなし。この先に本当に村が在るのか心配になってきた頃、漸くブランクジュレンという最寄の町に着きましたが、既に夜の8時でした。かろうじて開いている食堂を見つけ、水田で養殖しているという赤い金魚のような魚フライをおかずに夕飯。翌朝ルルブ村を目指すも、最後の10km区間の新設道路は田んぼ状態で、どろんこになりながら石や樹木を放り込んでやっと脱出・通過。村長の息子に案内してもらい、まずは取水サイトを踏査し、豊富な水量をやっと確認できました。村人に頼んで持参した米を炊いてもらい、ほの暗いランプの下で食事をとったあと、一息つく間もなく翌日からの調査に備え、地図を前に打ち合わせ。その脇で子供たちが大きな声でコーランを朗読していたのが印象的でした。保健所職員の好意でそのフロアを借りゴザを敷いて寝袋に。

「村人がメンテナンスを行う」
「村人がメンテナンスを行う」
「操作の容易さ」と「メンテナンスフリー」が必須条件
2日間をかけ流量、地形、そして家屋分布状況を調査したところ、発電に必要な高低差も十分あり河川の水量もまずまず。計画通り地域内に散在する村落の電化には十分な環境であることが確認できました。

ただひとつ懸念されたのは、完成後、施設の維持管理や事業運営にあたるのが電柱を見たこともないだろう山間僻地の村人である点です。村人が日々の運用を行う「協同組合方式」が前提でしたので、発電施設の運転とメンテナンスを特に容易にする設計が必要になります。現場はメダンから12時間の山奥にあるので、村人だけでは対処できないようなトラブルを未然に防ぐためには、どんな設計が適切でしょうか。

たとえば背の高い取水せきをつくった場合、せき下流側の河床が滝つぼのようになり、やがてせきが流されるリスクがあります。ふたのない水路の管理が行き届かないと、山側の斜面から滑った土砂が水路に流入し、その上流側で水を溢れさせてしまうリスクがあります。水路の崩壊を招くような事故が起こらないとも限りません。幸い山がちで落差が大きくとれる地形でしたから、それを活かして川の水位をほとんど上昇させない「チロリアン方式」を採用できました。小水力では水路に流入する木の葉対策が結構厄介なのですが、チロリアン方式によりかなり減少させることができました。また水路始点には沈砂池を設け、粗い砂や小砂利が溜まったときでも、取水ゲートを開けて水流で排砂できるようになりました。水路はコンクリートのふたを付けてさらに掘削した土で覆い、メンテナンスフリーとすることができました。

「電力が供給され、村人の生活は大きく変わった」
「電力が供給され、村人の生活は大きく変わった」
短期間で工事を完遂。山間部の地域電化を果たす
現地調査を終え帰国した後は、業務赴任として本社からの間接監理が主体でしたが、コントラクターの現地乗り込み、キャンプ設営と準備工事、起工式、竣工検査、完成1年後の瑕疵検査など、折に触れ現地に赴きました。完成後はとくに大きな問題は起こらず、いまでも地域の家々に明かりを灯しているそうです。

竣工から9年ほどたった2008年に、現地で調査を行った関係者から「水車の軸受けの交換が必要な程度で、土木施設は何も支障なし、さすがは工営さん」と聞いたときは、とてもうれしかったのをいまでも時折思い返します。

しかしこのプロジェクトは実質的に21ヵ月という短い期間で工事を完遂しなければならなかったため、完成までの道のりは平坦ではありませんでした。まさに時間との勝負でした。

雨季入り前に取水せきの基礎工事をはじめたときのことでした。河床に基礎コンクリートを打つ直前、地下水が掘削底面から噴出するというハプニングが発生しました。設計変更してコンクリートを打つか、中止してサイトを埋め戻し洪水に備えるか、判断を早急に下さなければならない状況に陥りました。結果的に2日間で湧水が止まったため中断せずに済みました。基礎コンクリートを打設してサイトを埋め戻し後、洪水が発生し、取水せきの現場一帯も水面下に没しました。一時は、「工期を遵守できないかも」と覚悟しましたが、幸い残りのコンクリート工事は雨期明けを待って計画どおり再開できました。

そういえば、無事完成にこぎつけたあと工事関係者がお金を出し合い水路沿いの管理道路に植林しました。のちに地元のみなさんがこの道路を「NK(日本工営)道路」と呼んでくれたことも竣工と並んでうれしい思い出になっています。
2011年4月 8日

サイトマップEnglishRSS配信